要約プレビュー
『アフター・ヴァーチュ』徹底解説:マッキンタイアの道徳革命を読み解く
やあ、みんな!今日は1981年に出版されて、当時めちゃくちゃ議論を呼んだけど、今じゃ哲学界、特に現代倫理を語る上で欠かせない一冊、『アフター・ヴァーチュ』(『美徳のあとに』)について、アラスデア・マッキンタイアがぶち上げた「道徳革命」を、友達と話すみたいにゆるーく、でもしっかり深掘りしていくよ。この本、マジで考えさせられるんだ。 マッキンタイアって人がね、現代社会を見渡して「これはひどい!」って思ったわけ。道徳について語る能力、何が正しくて何が間違ってるのかを理解する力が、完全にぶっ壊れてるって感じたんだ。で、その原因を、理性を重視して普遍的な道徳ルールを作ろうと躍起になってた「啓蒙主義」っていう時代までさかのぼって分析したんだ。マッキンタイアによれば、その普遍的なルールを作ろうとする試みが、かえって倫理的思考の土台をぶち壊しちゃったってわけ。 じゃあ、どうすりゃいいんだ?って話なんだけど、マッキンタイアの答えは「昔に帰ろう!」ってこと。それも、めちゃくちゃ昔、古代ギリシャの哲学者アリストテレスの時代までさかのぼるんだ。アリストテレスは「徳(virtue)」っていう考え方をすごく重視してた。ただルールを守るんじゃなくて、勇気、正直さ、公正さみたいな、人間として備えるべき「性格特性」を育むこと。マッキンタイアは、この「徳」に立ち返ることが、今の道徳的な混乱から抜け出す道だって考えたんだ。 出版から何十年も経った今でも、『アフター・ヴァーチュ』は、現代における倫理や道徳の考え方を理解する上で、絶対に避けて通れない本なんだ。読むのは正直、簡単じゃない。でも、私たちがどう生き、なぜその選択をするのかについて、マジで示唆に富む視点を与えてくれるんだ。
現代道徳の危機:何がうまくいかなくなったのか?
マッキンタイアが言ってた「道徳言語の危機」ってのが、一体どういうことなのか、もうちょっと詳しく見てみよう。例えば、何が正しいか間違ってるか真剣に話し合おうとしてるのに、みんな「良い」「悪い」「~すべき」とか「~するべきだ」みたいな言葉を、全然違う意味で使ってる状況を想像してみて。まるで、ルールもゲームの目的すら合意できてないゲームで遊んでるみたいだよね。マッキンタイアによれば、啓蒙主義以降の道徳って、まさにそんな状態になっちゃったんだ。 啓蒙主義が始まるずっと前、何世紀もの間、人々はしばしば道徳を、もっと大きな枠組みの中で理解してた。それは宗教的なもの(神の意志を理解するとか)だったり、哲學的なもの(人間の本質とその目的を理解するとか)だったりした。道徳ってのは、人生の究極的な目的、宇宙における自分の位置、神聖な計画といった、もっと大きな物語に結びついてたから、意味があったんだ。行動は、その究極的な目的を達成するのに役立つかどうかで判断されてた。 でも、そこに登場したのが啓蒙主義の思想家たち。彼らは、伝統や宗教、あるいは抽象的な形而上学的な考えに頼ることから脱却したかったんだ。彼らは、道徳ってのは、数学の原理に同意するのと同じように、誰でもどこでも同意できる「純粋な理性」に基づいたものであるべきだと信じてた。彼らは、すべての人に、その背景や信念に関係なく適用できる、普遍的で客観的な道徳法則を見つけようとしたんだ。